三分怪談

3分で読めるホラー掌編

中編 第六話 — 読了目安 約10分

出品

祖母の遺品整理で蔵から古い重箱が出てきた。

黒塗りに螺鈿の、見るからに値打ちのありそうな三段重ねだ。ただ蓋が開かない。接着されているのではない。持ち上げようとすると蓋ごと持ち上がるのに、開けようとすると内側から誰かが押さえているように、びくともしないのだ。

重箱の底には古い和紙が貼ってあって、達筆でこうあった。

「あけるべからず。すてるべからず。ゆずるはよし。」

譲るのはいい、と書いてある。私は深く考えずそれをフリマアプリに出品した。「開かずの重箱・アンティーク・いわくつき?」と書いたら三時間で売れた。一万二千円。買ったのはコレクターらしい男性だった。

十日後、私のアパートの郵便受けにその重箱が入っていた。

返品ではない。取引メッセージは「大切にします」で終わっている。宛名も伝票もなく、ただ重箱だけが郵便受けに斜めに突っ込まれていた。郵便受けの口より重箱のほうが大きいのに、だ。

アプリを開くと、取引相手のアカウントは「退会済み」になっていた。

気味が悪かったが、金は返しようがない。私はもう一度出品した。今度は八千円ですぐ売れた。一週間後、重箱は玄関のドアの前にちょこんと置かれて戻ってきた。相手はやはり退会済み。

三度目は県外の骨董屋がわざわざ車で引き取りに来た。「こういうのは慣れてます」と笑っていた。四日後、重箱は私の部屋の、玄関を入ってすぐの廊下に置かれていた。鍵はかかっていた。骨董屋に電話すると、店は「先日、急に閉めた」と隣の店主が教えてくれた。

戻ってくるたび、重箱は少し変わっていた。

三度目に戻ってきたとき、三段のいちばん上の段がかたかたと鳴るようになっていた。振ると中で何か軽いものが転がる音がする。四度目──もう出品していないのに、ある朝、重箱が寝室の枕元に来ていたときには、上の段は鳴らなくなり、真ん中の段がことん、ことんと鳴った。

中身が下の段へ移動している。

そう気づいたとき、初めて本気で怖くなった。いちばん下の段まで来たら、どうなるのか。

私は重箱を持って祖母の郷里の菩提寺を訪ねた。住職は重箱を見るなり、ため息をついた。

「ああ、おたくの『お回し』ですか。戻ってきてしまいましたか」

「ご存じなんですか」

「おばあさまが、ずっと預かり手を探しておられた。これはね、開けてはいけないし捨ててもいけない。壊すなど論外。ただ人手を渡っている間だけ、中のものが眠るんです。だから『ゆずるはよし』。おばあさまは生前、二年にいっぺん知り合いの好事家に売っては、内緒で買い戻しておられた。転がしている限りは安全なんですよ」

「じゃあ、私が出品したのは」

「正しい供養です。ただしね」と住職は声を落とした。「相手が受け取ってから戻ってくるまでが、だんだん早くなっているでしょう。それはね、中のものが渡り先より、あなたの手元のほうを気に入り始めているということです」

対処は簡単だった。持ち主の名義を「家」にするのだという。個人ではなく家に憑けておけば、下の段までは降りてこない。住職が何やら書き付けをして、重箱は寺で預かってくれることになった。年に一度「預かり料」を納めに来ること。それが条件だった。

帰り際、私はずっと気になっていたことを聞いた。

「中身、何なんですか」

「私も知りません。ただ先代の住職が帳面にこう書き残しています。『中身は、段をひとつ降りるごとに育っている。最初に納めたときは、上の段で鈴の音がしていたそうだ』」

鈴のような軽いものが今は、ことん、ことんと鳴る。

私は毎年、寺に「預かり料」を納めに行く。去年、本堂の奥の預かり部屋の前を通ったとき、あの重箱の音が襖越しに聞こえた。

ごとん、……ごとん、と。もう、いちばん下の段で鳴っていた。住職は何も言わなかった。ただ今年から預かり料が倍になった。