相席
2026.08.10終電を逃した夜は、決まって駅裏のラーメン屋に寄る。カウンターだけの、古い店だ。
その夜は先客がひとりいた。スーツの男で、私のふたつ隣に座っていた。どちらからともなく話し始め、妙に馬が合った。仕事の愚痴、家族の話、昔やっていた野球の話。男は笑い上戸で、私のつまらない話にもよく笑ってくれた。
閉店間際、男はふと真顔になって言った。
「あんた、いい人だな。……なあ、ひとつだけ聞いていいか」
「なんです?」
「あんた、いつからここに通ってる?」
五年くらいですかね、と答えると、男はゆっくりうなずいて、それきり黙ってしまった。会計を済ませて出ていく背中に、店主が「まいど」と声をかけた。
引き戸が閉まってから、店主は洗い物の手を止めずに言った。
「お客さん、あの人と知り合い?」
「いえ、今日はじめて」
「そう。……あの人ね、五年前までうちの常連だったの」
店主は丼を拭きながら、こともなげに続けた。
「事故でね。今でもたまに来るんだけど、いつもひとりで喋って、ひとりで笑ってて。気の毒だから、そっとしといてあげてるの」
私は笑って、それは自分のことじゃないですかと言おうとした。
店主はもう、こちらを見ていなかった。私の丼は、カウンターに出されたときのまま、湯気ひとつ立てずに残っていた。