集金
祖父母の家は、山あいの集落の一番奥にあった。
夏休みには毎年ひと月ほど預けられた。虫捕りと川遊びの、絵に描いたような田舎の夏だ。ただ、八月の決まった晩だけ、様子が違った。
その晩は夕方から祖母が家じゅうの戸締まりをした。雨戸まで全部閉める。真夏なのに、だ。祖父は仏間で十円玉と一円玉を数えて半紙に包んでいた。こより で十字に縛った小さな包み。それをふたつ作って縁側の外の沓脱ぎ石の上に置き、その晩だけは縁側の雨戸を一枚だけ、こぶし一つぶん開けておくのだった。
「じいちゃん、あれなに」
「集金さんが来なさる」
「なんの集金?」
「さあなあ。じいちゃんの、じいちゃんの頃から払っとるでなあ。なんの代金かはもう誰も知らん」
夜、僕は祖父母の間に寝かされた。九時を過ぎた頃、外を歩く音がした。集落の下のほうからゆっくり家々を回ってくる。砂利を踏む足音と、ちりん、ちりん、という鈴の音。そして遠くの家の戸を叩く音。とん、とん。
やがて、うちの番が来た。
縁側の雨戸が、とん、とん、と鳴った。それから隙間から手が入ってくる気配があった。半紙の包みを取る、かさりという音。ちりん。そして足音は山のほうへ遠ざかっていった。
「じいちゃん、今の、人?」
「寝とれ」
祖父の声は、いつになく硬かった。
翌朝、沓脱ぎ石の上の包みはなくなっていた。代わりに小石がふたつ、行儀よく並べて置いてあった。祖母はそれを「領収書」と呼んで庭の隅の祠に納めた。祠の中には同じような小石が何百個も積まれていた。
一度だけ事件があった。僕が中学二年の夏だ。
その年、隣家の跡取り息子が都会から帰ってきていた。合理的な人で、集落の寄り合いで「あんな迷信はやめましょう」と言ったと、祖父が渋い顔で話していたのを覚えている。「戸なんか閉めんでいい。集金なんか置かんでいい。誰が来とるのか、わしが今夜見届けてやる」と。
その晩も鈴は来た。ちりん、ちりん、と家々を回り、うちの包みを取っていき──隣家の前で止まった。
隣は雨戸を開け放し、包みも出していなかった。
とん、とん、と戸を叩く音がした。返事はない。とん、とん。とん、とん。叩く音はだんだん強く速くなっていった。祖父が布団の中で僕の頭を抱え込むようにして、耳元で言った。
「聞くな。数えるな」
それでも音は聞こえた。叩く音は明け方まで続いた。最後のほうは戸ではなく、もっと重くて柔らかいものを叩いているような音だった。
翌朝、隣家の雨戸は全部閉まっていた。開け放していたはずなのに、だ。跡取り息子はその日のうちに都会へ帰ったきり、二度と集落に戻らなかった。今も生きてはいるらしい。ただ盆にも正月にも、親の葬式にすら帰ってこなかった。「帰れない体になった」と祖母は言った。それ以上は教えてくれなかった。
そして翌年から、うちの沓脱ぎ石に置く包みはみっつになった。
「じいちゃん、なんで増えたの」
「隣の分も、うちで立て替えとる。誰かが払わんと、この谷はいかんのだ」
祖父母はもう亡くなり、家は空き家になった。集落に残っているのは数軒だけだ。
去年の八月、僕は様子を見に行きがてら、あの晩に合わせて泊まった。半紙も小銭も作法どおりに用意した。父から引き継いだ「うちの決まり」のノートを見ながら、包みをよっつ作った。空き家が増えたぶん、立て替える家が増えているのだ。
夜、鈴の音は、ちゃんと来た。
包みを取っていく気配を布団の中で聞いた。足音が遠ざかる。ほっとした、そのときだった。足音がふいに止まって引き返してきた。
とん、とん、と縁側が鳴った。それからしわがれた小さな声がした。生まれて初めて「集金さん」の声を聞いた。
「たてかえは、こんかぎり。よねん さき、あきや が ろっけん に なる。はらいて が おらん」
「……どうすれば」
「もどって こい。だれか もどって こい。ひとり おれば、たにの ぶんは まかなえる」
足音と鈴は山へ帰っていった。
翌朝、沓脱ぎ石の上には小石がよっつ。それから見たことのないものが置いてあった。真新しい半紙の包みだ。開けると古い鍵がひとつ入っていた。祖父母の家の、縁側の雨戸の鍵だった。僕が持っている鍵と同じもの。
つまり、あちらからの「前払い」らしい。僕は今、移住の手続きを進めている。妻には、空気のいいところで子育てがしたくなった、と説明してある。四年後の八月が来る前に、あの縁側の内側にいなければならない。